御師の里 蓑毛で   (徒然なる いもこじ日記) 

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zoom RSS 里芋掘りと”いもこじ”&秋の花々

<<   作成日時 : 2014/09/23 18:21   >>

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このブログの”いもこじ日記”の  いもこじとは何か? ちょうど里芋の収穫時期になったので実践します。

まず、里芋掘りから
里芋畑  里芋の高さは 1.5m近くあります。人が隠れるのにちょうどいいかも(でも、中にはやぶ蚊が多くて
子供のころは、大きな葉を取り傘代わりに良く差して遊んだものです。
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大きな株を選ぶ。
   ところで、水芭蕉と里芋はサトイモ科の植物であり少し似ているような気がします。
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収穫する里芋の茎を切ります。切ると茎の中から水がしたたり落ちます。
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スコップで掘り起こします。
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掘り起こした里芋 6株分
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本日の最大の里芋の株
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これを分けます。下が親芋で上が小芋(コジと言います)
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とった里芋の茎や根(髭のようなもの)を取って、バケツ(昔は木の桶)に入れる。
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水を入れ枠に合う板でかき回します。(この作業を ”いもこじ” と言います。
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いもこじ により綺麗になった里芋
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いもこじ
二宮金次郎(尊徳)の教えにいもこじがあります。「いもこじ」とは泥のついた芋を洗うとき桶の中でぶつかり合い、こすれあってお互いが磨かれると言うことで、"芋洗い"と同じ意味です。村々では、いもこじ会をつくって村民が車座になり交流を持つことで互いを磨き合う、自由討議を続け、お互いの心田を開発していく。
この精神をいもこじと言ったそうです。

二宮尊徳
二宮尊徳翁は天明7年(1787)、相模国栢山村(今の小田原市栢山)の豊かな農家に生まれました。再三にわたる酒匂川の氾濫で田畑を流され、家は没落し、過労により両親は亡くなり、兄弟はばらばらに親戚の家に預けられました。金次郎は 、朝暗いうちから夜遅くまで汗と泥にまみれて一生懸命働き、その間余裕ができればわずかな時間も無駄にせず勉強をして、先人の教えを理解しようとしました。荒地を開墾して収穫を上げお金を貯め、質に入れていた田畑を少しずつ買い戻し、一生懸命努力して24歳までに一家を再興しました。
毎晩勉強していた金次郎は、読書をするための油代を稼ぐために荒地に菜種を植え、たった一握りの菜種から7
〜8升の取り入れになった経験や、捨て苗を荒地で丹精こめて育てて、秋には一俵の籾を収穫したことにより、自然の恵みと人の力の素晴らしさを知 ると共に、小さな努力の積み重ねが大切(積小為大)だと学び、これが後の行いや考え方の基になりました。
大人になった尊徳翁は、生涯を世の中のためにささげ、小田原藩家老服部家の財政再建をはじめ、藩主大久保忠真候の依頼により分家宇津家の桜町領を復興させるなど、自分の体験をもとにして大名旗本等の財政再建と領民救済、北関東から東北にかける各藩の農村総合的復興事業(仕法)を行い素晴らしい成果をあげました。大飢饉で農村が疲弊しきっていた当時、尊徳翁が仕法を手がけた村々は600ヶ村以上に上ります。多くの農村や藩を貧困から救い、独自の思想と実践主義で人々の幸福を追求し、数理、土木建築技術から文学まであらゆる才能を発揮した世界に誇れる偉人です。内村鑑三著『代表的日本人』の中でも、19世紀末、欧米諸国に対して「日本人の中にも、これほど素晴らしい人物がいる」と苦難の時代を救った偉人として尊徳翁は紹介されています。
最初の信用組
尊徳翁は藩の使用人や武士達の生活を助けるために、お金を貸し借りできる「五常講」をつくりました。信用組合の発祥はドイツといわれていますが、尊徳翁はそれより40年以上も早く信用組合と同じ組織である五常講を制度化し実施していました。
                     (以上 報徳二宮神社HPより)


秋の草花

彼岸花(今年は花が遅くまだ5分咲きになっていない) 後方は大山
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オクラの花(発音に注意)
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黄花コスモス(オレンジ色でなく本当の黄色です)
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コスモス
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ブットレアと秋のすじ雲
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トレニア(雑草のごとく生育旺盛)
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モミジバアオイ(ハイビスカスの仲間とか?)
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酔芙蓉 蕾
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熟れ過ぎたゴーヤ
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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
イモコジの意味が解りました。こちらでは単に芋洗いです。素敵な言葉に出会えるのは嬉しいね。それにしても おくら の発音は難しい。近頃、西日本に多いと言う 白い彼岸花を見かける事があります。見慣れた、赤い彼岸花が、私にはしっくりしますが・・。
アケゴン
2014/09/25 08:46
蓑毛は二宮尊徳の弟子の安居院庄七の生まれたところです。庄七は主に西方面、特に遠州浜松あたりを中心に活動し尊徳の教えを広めたそうです。その教えに一つの「いもこじ」を使っています。
長野に行った時に見た彼岸花は、ピンク色でした。最初は園芸種を植えたものと思っていましたが、どこの土手にもピンクの彼岸花が、赤い彼岸花はありませんでした。(8月の末に行った時の話ですので、種類が違うのかな?)
minogeman
2014/09/25 14:28
彼岸花の訂正です。
8月末の信州釣行で、ピンクの彼岸花と紹介しましたが、大きな?間違いでした。ナツズイセン(リコリス)という名前でした。彼岸花科は同じですが中国が原産とか、でもなぜに信州(白馬、小谷地区)のどこの土手にも咲いていたのか不思議です。
だれか教えてください。
minogemann
2014/09/25 14:48

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