2月6日は初午 白笹稲荷にて

久しぶりに秦野の白笹稲荷の初午に行きました。

いつもは混雑する初午を避け、二の午や三の午に行っていました。

今日は土曜日とあって大変な混みよう、駐車場待ちや参拝待ちで長い列ができていました。

孫を連れての参拝で、山の中の道路際に駐車。参拝も後日ということで、お札や絵馬を購入。

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日本三大稲荷(ウィキペディアより)
 伏見稲荷大社は、「日本三大稲荷神社」について伏見稲荷以外の2社については様々な説があって特定できないとしている。笠間稲荷神社や祐徳稲荷神社を日本三大稲荷とする説があり、最上稲荷(最上稲荷山妙教寺)や豊川稲荷(豊川閣妙厳寺)を日本三大稲荷とする説もあるが、この2社は正確には神社ではなく寺院である。

関東三大稲荷」(ウィキペディアより)
 神奈川の白笹稲荷神社・茨城の笠間稲荷神社・東京の装束稲荷神社

初午(ウィキペディアより)
 稲荷社の本社である伏見稲荷神社のご祭神・宇迦御霊神が伊奈利山へ降りた日が和銅4年2月11日(711年3月4日。2月9日(3月2日)説もある)であったとされ、この日が初午であったことから、全国で稲荷社を祀る。また、この日を蚕や牛・馬の祭日とする風習もある。江戸時代には、この日に子供が寺子屋へ入門した。
 本来は旧暦2月の最初の午の日であるが、現在では新暦2月の最初の午の日とされている。そのため、元々は春先の行事だったのが、冬の一番寒い時期の行事となってしまった。また今では2月最初の午の日とされるが、古来は、立春以降の最初の午の日に行われていた。
 2月の2回目の午の日を二の午(にのうま)、3回目を三の午(さんのうま)と言い、これらの日にも祭礼を行う地方や、二の午もしくは三の午にのみ祭礼を行う地方もある。
 初午はその年の豊作祈願が原型で、それに稲荷信仰が結びついたものである。4月初めの巳の日の菜の花祭りの夜と初午のいずれかに雨が降らないと火に祟られるとか、初午の早い年は火事が多いとかいう俗信もある。また、初午の日に、消防団員が各家庭を回って火の用心を呼びかけ、火の用心のお札を配る習慣がある地方もある。

入口の鳥居から  両側に屋台が並ぶ
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参拝の列が並ぶ
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社前の鳥居付近の混雑
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稲荷社
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社殿前で無邪気に遊ぶ子供
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お飾り
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社前の屋台(直営??)
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飽きてきた孫に手を引かれ社の裏側に行く(ここはもともとあった稲荷社の祠で、昔はここにお参りに来たとか)
ここにお参りをしてきたので二の午は行かないかも?
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正面では まだ参拝者の列が
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高台から稲荷社の杜を見る
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初午の日に部屋の中の正月飾りを燃やす習わしがあり、1月31日に外したお飾りを初午の日に燃やします。

それをした後に参拝に来た次第です。

他の人に聞いたところでは、昨年のほうが人が多かったとか。

商売繁盛の神様であることから、一昔前は人の列が秦野駅まで続いたとか。

毎年ここで自宅の稲荷さんのお札と絵馬を買っています。

ウィキペディアの説明を読んで気が付いたのですが、

「稲荷社の本社である伏見稲荷神社のご祭神・宇迦御霊神が伊奈利山へ降りた日が和銅4年2月11日」とあるように、井奈利山(いなりやま?)なので、稲荷寿司があるのか???


ウィキペディアの中に面白いのを見つけた
 「稲荷神社の前には、狛犬の代わりに、宝玉をくわえた狐の像が置かれることが多い。他の祭神とは違い、稲荷神には神酒・赤飯の他に稲荷寿司およびそれに使用される油揚げが供えられ、ここから油揚げを使った料理を「稲荷」とも呼ぶようになった。ただし狐は肉食であり、実際には油揚げが好物なわけではない







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